2008年4月
『95才の詩』ピーター・ドラッカー
30年来の友人が、こんな 長い詩を送ってくれました。
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『95才の詩』
もう一度人生をやり直せるなら・・・
今度はもっと間違いをおかそう
もっとくつろぎ、もっと肩の力を抜こう。
絶対にこんな完璧な人間ではなく、もっともっと愚かな人間になろう。
この世には、実際、それほど真剣に思い煩うことなど殆ど無いのだ。
もっと馬鹿になろう、もっと騒ごう、もっと不衛生に生きよう。
もっとたくさんのチャンスをつかみ、行ったことのない場所にももっともっとたくさん行こう。
もっとたくさんアイスクリームを食べ、お酒を飲み、豆はそんなに食べないでおこう。
もっと本当の厄介ごとを抱え込み、頭の中だけで想像するやっかいごとはできる限り減らそう。
もう一度最初から人生をやり直せるなら、春はもっと早くから裸足になり、秋はもっと遅くまで裸足でいよう。
もっとたくさん冒険をし、もっとたくさんのメリーゴーランドに乗り、もっとたくさんの夕日を見て、もっとたくさんの子供たちと真剣に遊ぼう。
もう一度人生をやり直せるなら・・・
だが みての通り、私はもうやり直しがきかない。
私たちは人生をあまりに厳格に考えすぎていないか?
自分に規制をひき、他人の目を気にして、起こりもしない未来を思い煩ってはクヨクヨ悩んだり、構えたり、
落ち込んだり・・・
もっとリラックスしよう
もっとシンプルにいきよう、
たまには馬鹿になったり、無鉄砲な事をして、人生に潤いや活気、情熱や楽しさを取り戻そう。
人生は完璧にはいかない。
だからこそ、生きがいがある。
~現代経営学の父~
ピーター・ドラッカー氏 享年95才
月曜から
その気になれば、出来ないことはない。
だけど、自由な時間が出来たら、しようと思っていたことが沢山ある。
押入の整理だとか、
写真の整理だとか、
洋服の整理だとか、
ブログの見直しだとか。
時間のたっぷりあるときにしか、やる気にならないものある。
それなのに、ほとんど手つかずの状態で、また 仕事を始めることにしました。
でも、平日に桜も見に行けたし、
1万歩ウォーキングは、出来る時に出来るだけ歩いたし、
顔色は戻ってきたし。
今度は拘束時間が短いので、ぼちぼちと です。
ご心配していただいた皆様
ありがとうございました![]()
アンデルセン童話 『はだかの王様』
昔、国民から愛される王様がいた。
王様は着飾ることが大好きで、会議よりも何よりも、お召し替え優先、 また、それに関するどんな訪問者も拒んではいけないこととなっていた。
ある時、二人組の織物師がやってきた。
とても美しい織物、しかも魔法の布を織るという。
それは、愚かで役目にふさわしくない者には見えず、
賢くて立派な人だけに見えるという不思議な織物という。
王様はすぐさま、その話に乗った。
どの家来が賢いか役目にふさわしいか 試せると思ったのだ。
織物が出来上がるのは、それは長い時間と莫大なお金がかかった。
途中、しびれを切らした王様は、家来にその出来を見にいかせるが、
家来は自分が見えないことが恥ずかしくて、
見えたふりをして、もっともらしく王様に報告した。
その次の家来も。
その次の家来も・・・
そして、とうとう、お召し物が出来上がった。
見えない!
でも、見えないと言ったら、自分が王様にふさわしくない事をさらけ出すことになる。
そこで、王様は、それを着てパレードをすることにした。
自分は、愚かでもない、役目にふさわしくないということもない、
賢くて立派な王様であることを示すために。
王様は、とてつもなく綺麗な 裾の長いお召し物を着ているふりをする。
家来も民衆も、
口々に、「綺麗なお召し物だ」、「見事なお召し物だ」と絶賛した。
みんな自分にいいきかせる。思いこもうとする。
でも、時々よぎるのは、
自分は愚かものなのか・・・?
役目にふさわしくないのか・・・?
いやいや と必死でそれを頭でもみ消すのである。
ざわめく観衆。
と、その時!
ある無邪気な子供が叫んだ。
「お父さん、どうして王様は裸なの?」
ざわざわざわ・・・・
初めて大人は気づく。
見えていないのではなく、
「はじめから王様は何にも着ていない!」
"But he has nothing on at all ! "
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あまりにも有名なアンデルセン童話ですが、
大人になってから読むと、
子供の時に感じていた事とは別の意味を感じます。
王様が裸で行進するという、虚栄心がもたらす恥ずかしさというより、
自分の評価にばかり気をとられる余り、
肝心の真実が見えないという愚かさです。
フィルターにかけることなく自分の目で見たまんまの柔軟な発想というのは、
いつの世も 子供に限られることなのでしょうか・・・?
桜の姫路城
10日まで使える青春18切符が余っているからと誘われて、姫路城へ行くことにしました。
姫路まで片道2520円也。
その日のうちなら何回乗っても2300円の青春18切符はお得。
途中 明石で下車。
明石焼き(玉子焼きの中に蛸が入ってて、出汁につけて食べるたこやき)
が食べたいね!
明石鯛が食べたいね!
まだお昼までは1時間以上あるのに、小腹がすいたからといって、
明石焼きを食べる。
そして、魚の棚という商店街の魚屋の上にある「魚兵」というところで、お刺身とご飯を食べる。
すっごい分厚い切り身。
明石鯛はすごくお高いらしく、ここは黒鯛。
なんせお手頃価格で食べられる。
それから、トイレは綺麗な所がいいからと、茶店でコーヒーを飲む。
いつになったら姫路城につくのかな?
そして また電車に乗って、やっと姫路に着いた。
わー、綺麗なお城が見えている。
国宝というだけあって、いや、世界遺産に登録されているというだけあって、すごく綺麗なお城。
ほんとに白鷺が飛び立っていく姿に似ている。
満開は過ぎた桜だけど、桜の中にそびえるお城は 本当に素敵でした。
お城だけでなく その周りのお堀や塀や桜やその他の木も、見事な配置で植えられており、雰囲気のとてもいいお城でした。
多分雨が降る前の最後の桜になるのでは・・・
平日に行けるっていいな!
「仏像が語る知られざるドラマ」
十一面観音が見たくなったのは、ストレスから身も心もぺしゃんこになってしまった時でした。
滋賀県の湖北にある、渡願寺(向源寺)の十一面観音を観て、気持ちがとても前向きになりました。
そして、その観音様の後頭部のなんともいえない顔が、「暴悪大笑面」といって、悪を笑い飛ばしている顔だとわかった時、溜飲が落ちた気がしました。
偶然にもタイムリーにkmyさんが紹介されていた本です。
素人のわたしにぴったりの、わかりやすい本でした。
ますます仏像にはまっていきそうなわたし。
次は法華寺のとても美しい十一面観音に会いたいなぁ~



















































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