アンデルセン童話 『はだかの王様』
昔、国民から愛される王様がいた。
王様は着飾ることが大好きで、会議よりも何よりも、お召し替え優先、 また、それに関するどんな訪問者も拒んではいけないこととなっていた。
ある時、二人組の織物師がやってきた。
とても美しい織物、しかも魔法の布を織るという。
それは、愚かで役目にふさわしくない者には見えず、
賢くて立派な人だけに見えるという不思議な織物という。
王様はすぐさま、その話に乗った。
どの家来が賢いか役目にふさわしいか 試せると思ったのだ。
織物が出来上がるのは、それは長い時間と莫大なお金がかかった。
途中、しびれを切らした王様は、家来にその出来を見にいかせるが、
家来は自分が見えないことが恥ずかしくて、
見えたふりをして、もっともらしく王様に報告した。
その次の家来も。
その次の家来も・・・
そして、とうとう、お召し物が出来上がった。
見えない!
でも、見えないと言ったら、自分が王様にふさわしくない事をさらけ出すことになる。
そこで、王様は、それを着てパレードをすることにした。
自分は、愚かでもない、役目にふさわしくないということもない、
賢くて立派な王様であることを示すために。
王様は、とてつもなく綺麗な 裾の長いお召し物を着ているふりをする。
家来も民衆も、
口々に、「綺麗なお召し物だ」、「見事なお召し物だ」と絶賛した。
みんな自分にいいきかせる。思いこもうとする。
でも、時々よぎるのは、
自分は愚かものなのか・・・?
役目にふさわしくないのか・・・?
いやいや と必死でそれを頭でもみ消すのである。
ざわめく観衆。
と、その時!
ある無邪気な子供が叫んだ。
「お父さん、どうして王様は裸なの?」
ざわざわざわ・・・・
初めて大人は気づく。
見えていないのではなく、
「はじめから王様は何にも着ていない!」
"But he has nothing on at all ! "
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
あまりにも有名なアンデルセン童話ですが、
大人になってから読むと、
子供の時に感じていた事とは別の意味を感じます。
王様が裸で行進するという、虚栄心がもたらす恥ずかしさというより、
自分の評価にばかり気をとられる余り、
肝心の真実が見えないという愚かさです。
フィルターにかけることなく自分の目で見たまんまの柔軟な発想というのは、
いつの世も 子供に限られることなのでしょうか・・・?
昔、英語で『はだかの王様』の劇をしたことがあります。
なんと、その時のわたしの配役は、王様だったのです。
どうして わたしが王様になったのか、全く記憶がないけれど、
わたしが目指した王様は、
ただ愚かで、
それでも愛されるべき王様であること。
だったような気がします。
みんなが気づいていても、
王様はそんなことに気がつこうともしない
ただただ着飾ることが大好きな王様を演じようと思ったのです。
「すそを上げよ、もっと高く、高く、高く!
は、は、はーくしょん!!」
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コメント
懐かしいですね
noelさんが王様になったのは
元La.っ子だったからですよ
きっと・・・
そうだったと思います
私は織物師でした
今でもあのときの事
昨日の事のように思い出します
慣れないヴァイオリンを弾いて
若かったですね・・・
22年前の事ですよ
この物語もそうですが児童書は
含蓄が多く 素朴に考えさせられることが
多くありますね
いつまでも純粋な心でいたいものです
投稿: かっぱ | 2008年4月14日 (月) 10:25
かっぱさん、懐かしいでしょ。
かっぱさんが、織物師のシッケルかグルーバーだったかに立候補したのは、覚えています。
そして、多分ご主人に撮ってもらった写真が確かあったはず。
あの時は、まだまだ感じ方が浅かった!
今になってこそ、この話のおもしろみがわかるような気がします。
「大人の愚かさ」の愚かさ。
子供から教えられることって、多いですね~
子供の心が少しでも残っている大人になりたいけど、それは、大人になりきれない大人っていうことなんでしょうか?
愚かな大人の疑問です。
投稿: noel | 2008年4月15日 (火) 00:54
私もLaでやったような気がします~。
普段のレッスンだったような?
トシを重ねるにつれ、いらない服を身に着けていくのでしょうね。
そして自分で苦しくなる・・・(苦笑)
素直でいたいと思うことも、また愚かなオトナの願望でしょうか(^_^;)
投稿: ゆみぺん | 2008年4月15日 (火) 14:31
ビデオでした
どこかにあるはずですが
今度我が家に戻ったら探してみます
みつけたら試写会しましょう
この物語が言おうとしているのは
本物を見極める感性が必要で
それを素直に言えない大人の
ずるさを指しているのだと思いま
物語は深いですね
投稿: かっぱ | 2008年4月15日 (火) 17:39
ゆみぺんさんも、これやったことありますか?
そうですね、素直なままでいられないから、いらないものを どんどん 身につけて 自分をカモフラージュしていくのでしょうか。。。
そうやって、外敵から守る術を覚えていくのでしょうか。。。
でも、やっぱり ほんの少し子供の部分をもっていられる大人でいたいですね~
投稿: noel | 2008年4月15日 (火) 19:06
かっぱさん、ビデオだったんですか!
わたし、見る勇気ありませぬ。。。
本当が言えない大人のずるさですねぇ~
でも、本物が見極められているのに、それを言わないというより、そうやって、ずるく立ち回っている間に、本物が本当に見極められなくなったのでは・・・?
とも思えます。
見える見えないにこだわって、何にも着ていないのでは?とはじめから疑問を持った観衆はいたでしょうか?
きっと子供が叫んで初めて気づかされたのでは?
物語は深いです
投稿: noel | 2008年4月15日 (火) 19:20